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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2885号 判決

原告

小島行栄

被告

古川正志

ほか二名

主文

一  被告古川正志及び被告古川清は原告に対し、連帯して金三一万六〇七〇円及びこれに対する昭和六〇年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告古川正志及び被告古川清に対するその余の請求並びに原告の被告奥山正人に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告古川正志及び被告古川清との間においては、被告古川正志及び被告古川清に生じた各費用のそれぞれ一〇分の九を原告の負担とし、その余の各自の負担とし、原告と被告奥山正人との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して七〇二万五〇五三円及びこれに対する昭和六〇年一二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に、被告古川正志及び被告奥山正人に対しいずれも民法七〇九条、七一九条、自賠法三条により、被告古川清に対し自賠法三条により、損害賠償の一部請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年一二月一〇日午前一時ころ

(二) 場所 名古屋市緑区鳴海町花井町五二番地先路上

(三) 第一車両 被告正志運転、被告清所有の普通乗用自動車

(四) 第二車両 被告奥山運転の普通乗用自動車

(五) 態様 同一方向に向けて進行中の第一車両と第二車両が接触、第一車両が対向車線に飛び出し車道上にいた原告に衝突した。

2  被告正志及び被告清(以下一括して呼ぶときは「被告古川ら」という)の責任原因

被告古川らは、第一車両を自己のために運行の用に供する者である(甲一一・八項、甲一三の一)。

3  治療状況等

原告は、本件事故による受傷のため次のとおり治療を受けた。

原告の歯牙欠損による後遺症は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一三級四号に該当する。

(一) 救急治療

昭和六〇年一二月一〇日(一日間) かがみ外科

(二) 入院

昭和六〇年一二月一〇日から昭和六一年四月七日まで(一一九日間) 名古屋第二赤十字病院

昭和六二年二月四日から同月二〇日まで(一七日間) 名古屋第二赤十字病院

(三) 通院

昭和六一年四月八日から昭和六二年三月九日まで(実日数一二三日間) 名古屋第二赤十字病院

昭和六一年五月一九日から昭和六一年五月二八日まで(実日数三日間) 葉山歯科医院

二  争点

被告奥山は、無過失及び消滅時効の完成を主張して賠償責任の存在を争い、被告古川らは、過失相殺を主張しているほか、被告らは、いずれも損害額を争つている。

過失及び消滅時効に関する被告奥山及び原告の主張は次のとおりである。

1  過失の有無について

(一) 被告奥山の主張

本件事故は、被告正志が第一車線から第二車線に車線変更し、第一車両を第二車両の後方に位置させようとしたところ、被告奥山が前方信号に従いブレーキをかけて減速したため、車線変更のタイミングを誤り第二車両に接触し、第一車両がそのまま反対側車線に飛び出して原告に衝突したというもので、被告正志の一方的な過失によるものであるから被告奥山に責任はない。

(二) 原告の反論

被告正志及び被告奥山は、本件事故当時、意を通じ遊興目的で時速約七〇から八〇キロメートルの高速で第一、第二車両を並走させるという暴走ドライブをしていたが、このような場合被告奥山は、第一車両の走行車線上に駐車車両があれば、第一車両がこれに追い込まれる危険のあることを認識していたのであるから、第一車両が第二車線に進入してきても衝突しないよう注意し、危険回避に必要な速度で走行すべき義務があるのにこれを怠り、前記のように漫然と高速で走行し続けたもので、本件事故発生について責任を免れない。

2  消滅時効について

(一) 被告奥山の主張

本件事故発生から三年後である昭和六三年一二月一〇日の経過をもつて被告奥山の損害賠償債務は消滅した。

(二) 原告の主張(権利濫用)

本件事故後原告が被告奥山の代理人である保険会社に賠償金の支払を請求したところ、同社は、同社が被告古川らより先に原告に支払をすると、同被告らが任意保険に加入しておらず資力に不安があるため、求償が不可能になると考え、先に被告古川らに請求するよう主張した。時効制度の存在すら知らなかつた原告は、これにしたがつて本件訴訟提起まで被告古川らに損害賠償を請求してきた。

被告奥山が自己の求償権を確保するため、法律の素人である原告に賠償金の支払を拒絶し、示談交渉を被告古川らに任せておきながら、訴訟になつてから消滅時効の完成を主張するのは、著しく正義に反し権利の濫用である。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨の記載を省略する)

一  被告古川らの責任

1  損害額

(一) 治療費(請求も同額) 一三五万九九九五円

甲一の二、甲二の一ないし七、甲四の二によれば、右金額を認定することができる。

(二) 入院雑費(請求一六万三二〇〇円) 一三万六〇〇〇円

入院日数合計一三六日間に対し、一日当たり一〇〇〇円が相当である。

(三) 通院交通費(請求も同額) 七万八七二〇円

第二日赤病院への通院実日数一二三日間に対し、一日当たり六四〇円(公共交通機関利用、途中一回乗換による運賃額)が相当である。

(四) 休業損害(請求五〇〇万六三四三円) 認められない。

原告本人によれば、原告は、本件事故当時飲食店「和食処こじま」を経営し自ら同店の仕入れ・メニユーの段取り・調理等の業務を担当していたと認められるところ、甲一、甲二の一ないし七、甲四の一、二によれば、原告は、本件事故により右大腿骨・右脛骨・右腓骨・右尺骨の各骨折、歯牙欠損等の傷害を負い、前示争いのない入院期間中右の業務を行えなかつたことを認めることができ、そのほか前示争いのない通院期間中も右業務の遂行に一定の支障があつたものと推認できる。

しかしながら、〈1〉原告本人によれば、本件事故当時同店はもともと五名で営業できるところを六名と余分の人員を抱えていたと認められるところ、原告の供述によつても、本件事故のため同店の休業を余儀なくされた事実を認めることができないし、また原告の受傷により同店の営業に具体的にどのような支障があつたかも曖昧なままである、〈2〉そして原告本人によれば、本件事故後である昭和六一年度の同店の売上額は前年度とほぼ同額で格別の減少がなく、昭和六二年度以降は売上額が増加していることが認められ、〈3〉そのほか原告の受傷により特別の営業費用を支出したことを認めるに足りる証拠が提出されない(原告は本件事故後昭和六〇年一二月から昭和六二年三月まで特別に板前の派遣を受けた旨供述するが、これを裏付けるに足りる書証がなく採用することができない)などの事情に照らすと、前示認定の事実だけでは、原告が本件事故により算定可能な休業損害を被つたとは認定できないといわなければならない。

(五) 入通院慰謝料(請求二五〇万円) 二八〇万円

前示認定の受傷の部位・程度、入通院期間などのほか前示のとおり休業損害が認定できない事情も考慮すると右金額が相当である。

(六) 後遺障害による逸失利益(請求五三二万二〇二二円) 認められない。

甲五、原告本人によれば、原告は、本件事故により前歯の喪失二本、歯冠部の四分の三以上の欠損一本等の障害を受け、これが自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一三級四号に相当すること(争いがない)、右歯牙障害については昭和六一年五月二八日まで葉山歯科医院で治療を受け、修復済であることが認められるが、右事実によれば、この歯牙障害が労働能力に格別の影響を及ぼすものとは考えられず、これによる逸失利益を認めることはできない。

そのほか甲三によれば、本件事故で原告に右膝関節の屈曲制限(右膝の屈曲は自動一〇〇度、他動一〇五度)及び手術痕による醜状障害(右大腿外側に二〇センチメートル、右下腿前部に一〇センチメートル、右前腕に三センチメートル)が残り、右各障害は昭和六二年三月九日症状固定したことが認められるが、もともと醜状障害は労働能力に影響を及ぼすものといいがたいこと、右膝関節の可動域は健常側に比して四分の三以上あり、可動域制限による原告の前示業務への具体的影響も明らかでないこと及び前示とおり原告の受傷が直ちに売上額の減少に結びついていない状態にあること等の事情に照らすと、やはり後遺障害としてこれらによる逸失利益を認めることはできないといわなければならない。

そのほか原告は、膝関節の伸展につき椅子から立ち上がる際に疼痛がある旨供述するが、甲三にも右自覚症状の記載がないこと等に照らし、直ちに採用することができない。

(七) 後遺障害による慰謝料(請求四〇〇万円) 一二〇万円

前記認定の原告の現在の障害からすれば、慰謝料の対象となるべき後遺障害は歯牙障害に限られるというべきところ、その内容・程度等を考慮すると右金額が相当である(なお前示右大腿部の手術痕は露出部の醜状障害とはいえず、右下腿部及び右前腕部の手術痕はいずれも手のひら大以下の大きさであるから、いずれも慰謝料の対象となる後遺障害とはいえない)。

(八) 損害の填補

以上の損害の合計は五五七万四七一五円であるが、原告が本件事故による損害の填補として合計五二八万八六四五円(自賠責保険から三九四万円、被告清から一三四万八六四五円)の支払を受けたことは原告の自認するところであるから、これを控除すると二八万六〇七〇円となる。

(九) 弁護士費用(請求五〇万円) 三万円

弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係のある部分としては右金額が相当である。

2  過失相殺

甲一〇、原告本人によれば、本件事故当時原告は、ビール中瓶約七本位を飲酒し車道に出て歩行中に本件事故に遭遇したものであることが認められるが、そもそも本件事故の態様は、同一方向に向けて進行中の第一車両と第二車両が接触し、第一車両が対向車線に飛び出して車道上にいた原告に衝突したというものであり(争いがない)、このような場合原告としては、対向車線から暴走してくる車両があることまでを予測すべき義務までも負うものではないから、同人に斟酌すべき過失があるとはいえず、被告古川らの主張は失当である。

3  結論

以上によれば、原告の被告古川らに対する請求は、連帯して三一万六〇七〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年一二月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

二  被告奥山の責任

1  消滅時効の成否

本件事故は昭和六〇年一二月一〇日に発生したものであるところ、前示賠償の対象となる各損害の内容からすれば、これらは歯牙欠損の後遺障害を含め牽連一体をなす損害であるから、原告は右同日本件事故の損害を知つたということができる。また証人竹内光男によれば、遅くとも昭和六一年二月ころ原告の依頼に基づき、その加入していた自動車共済の担当者である同証人において被告奥山加入の任意保険の担当者と示談に関する交渉をしたことが認められるから、原告はそのころ加害者を知つていたものということができる。

右事実によれば、本件事故発生についての被告奥山の過失の有無を検討するまでもなく、それから三年後の平成元年二月末日の経過によりその損害賠償債務は時効消滅したといわなければならない。

2  権利濫用の主張に対する判断

これに対し原告は、被告奥山が自己の求償権を確保するため、法律の素人である原告に賠償金の支払を拒絶し、示談交渉を被告古川らに任せておきながら、訴訟になつてから消滅時効の完成を主張するもので権利濫用であると主張するが、その主張事実を認めるに足りる証拠は一切ないし、右認定の示談に関する交渉の経過に照らしても原告の主張はまつたく失当といわなければならない。

3  よつて原告の被告奥山に対する請求はすべて理由がない。

(裁判官 夏目明德)

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